Are You READY!?(デュラララ!!)
こんにちはこんばんは。
W杯終了からこっち見事に燃え尽きておりました辻斬りです。
4年に一回確実にこうなるのですよ・・・ああ面白かった・・・。
続きにはパラレル短編一本押し込めて有ります。
非常に特殊な、芸能パロ設定ですのでご注意下さい。
後日、設定とかも出そうと思います。
++++++++++++++++++++++++++++++
Are You READY!?
TAKE1-A
「来良学園の者だが、今此処にうちの生徒が入ってこなかったか?」
空気を震わせ、良く通る低い声が、カウンターの中でコーヒーカップを磨く男の耳に届く。
顔を上げた先には、指定のデザインなのだろう、学校のロゴが入ったジャージを着た、見るからに体育教師か、ステレオタイプな生徒指導教員らしい男が凄みを利かせている。
「…いいや」
カウンターの奥の男は、上げた顔を伏せながら否定する。
その言葉に、ジャージ姿の男は器用に片眉を跳ね上げた。
「こっちに走っていったのは見たんだ。この店に逃げ込んだ可能性が高い」
言い募る教師に、バーテン服の男はため息を付き、顎で今しがた彼が入ってきた入り口の方を示す。
「…今日は定休日だ」
言外に「誰も店には入れてない」と主張する男に、教師はやや乱暴にカウンターテーブルを叩く。
「本当に来てないんだな?」
「…ああ」
短い応答に、教師はその整った顔を睨みつけるのだが、サングラスの奥の瞳は全く動揺しない。
「邪魔したな」
やがて、教師のほうが根負けし、「あいつら何処に行きやがった…」と言いながら店を出て行く。
ジャージの後姿が店の入り口であるドアをくぐり、外へと消え、10秒ほど、店内に沈黙が下りる。
「…お前ら、もう良いぞ」
ふと、バーテン服の男がポツリと呟く。
その途端、男の足元から二人、店のテーブル席の方にあったカーテンの陰から一人、学生服姿の少年達が転がり出て、更にカウンターの奥、冷蔵庫の裏からコート姿の男が這いずり出て来た。
「た、助かった…」
黒い髪を短く刈り込んだ少年がため息をつくと、残りの三人も一斉にため息をつく。
「マスター!マジでサンキュ!恩に着る!」
「あ、有難う、ございました…」
少年達が口々に礼を言う中、コート姿の男は一人だけ不満そうな顔だ。
「何で俺まで隠れなきゃなんなかったわけ?」
マスターと呼ばれた男は、サングラスの奥で目線だけ男の顔に向ける。
「店が休みのときに客が居たらおかしいだろ」
「あーそういうわけね…っていうか、隠れる場所おかしくね?何で冷蔵庫の裏なの?」
「何となくだ」
「ちょ、俺だけ扱い酷いんだけど」
コート姿の男が尚もマスターに言い募る中で、隠れていた少年達は集まって、何やら紙を広げて話を始めた。
「取り敢えず先公は撒いたな」
「此処からどうするの?」
「噂の通りなら、商店街の先から廃工場に行ける。其処が問題の場所ってわけだ」
「…俺も行かなきゃ駄目?」
髪の毛を脱色し金髪にした少年が主に話を進め、短い黒髪の少年はその話に興味津々と言った様子で頷いて、三人目、身体は大きいが大人しそうな少年が困り顔で二人の話を聞かされている。
喫茶店店内では、2種類の全く違う方向性の話が進んでいるのだが、小さな企てが成功した彼らの顔は、何処か楽しそうだった。
「はい、カット!OKです!」
TAKE1-B
長回しのシーン撮り終了の声がかかり、喫茶店店内に居た5人が一斉にため息を付く。
「良かったぁ~」
「あーマジ緊張した」
「疲れた…」
少年三人が口々に解けた緊張からの第一声を発する。
その後ろでも、長回しの台詞をずっと話し続けていた年長者二人が胸を撫で下ろしている。
ドラマの撮影と言うのは通常、同じセットの中でもシーンごとに切り貼りして、その都度撮影するものなのだが、このシーンは一つのセットの中での緊張感ある長回しを撮影したい、と製作者が希望した為、生徒役の三人が逃げ込んできてから教師の闖入、マスターとのやり取りからその後の顛末までの長いシーンを一気に撮影する流れを組んで撮影に臨んだのだ。
「静ちゃんお疲れ」
自分の方が疲れてるような顔をして、折原臨也はカウンターの向こう側でまだカップを磨いている男にねぎらいの言葉を投げる。
「…こ」
静ちゃん、こと平和島静雄は、ため息のあと長く沈黙してから一言、
「怖ぇな、長回し…」
と、今更のように呟く。
途端に、カメラの手前の役者達と、奥に居るスタッフ達、ついでに、先程まで彼と睨み合っていた教師役の門田までもが爆笑した。
平和島静雄の本業は俳優ではない。
本来は所謂シンガーソングライターと言う奴で、自分で曲を作り、詞を書き、歌うのが本分である。
そんな彼は、今ドラマの撮影に参加している。
全国区の、所謂ゴールデン枠で放送される学園ドラマと言う事で、メインの出演者は先程彼が演じる【喫茶店のマスター】がかくまっていた少年達。
静雄はあくまで主演を支える脇役の一人なのだが、主人公達がたまり場にする喫茶店のマスター役なので、最終回まで必ず毎回出番があるらしい。
殆ど台詞は無いとの事で今回の仕事も請け負ったわけなのだが、スタッフの発案で時折今のような長回しや、喫茶店の外に出て、動きのある演技なども要求される。
普段芝居など、曲につけるPVの為の小芝居程度しかした事のない静雄にとって、今回の仕事は挑戦の連続で、毎日緊張感に溢れていた。
このドラマで彼にあてがわれた役柄は、物静かで一見強面だが、陰ながら少年達の成長を見守る大人代表と言う役柄。
普段から余り喋るのは得意ではないが、強面と言うのは自分の性格からは大分かけ離れている。
しかもこの喫茶店のマスター、実は超人的な怪力の持ち主とかいう、訳のわからない設定がくっついているため、外に出ているシーンでは漏れなくアクションが付いてきた。
喫茶店で働く男に怪力なんて設定は必要だろうか?
断っておくが、静雄は別にそんな超人的な能力は持っていない。
身体能力的には(普段からある程度鍛えているので運動には自信があるが)ごくごく普通の成人男子と変わらないレベルである。
最初に台本を読んだ時は正直首を傾げたが、特撮アクションも込みの撮影も新たなる事への挑戦と思えば楽しかった。
撮影に臨むに当たり知り合った面々とも仲良くやれている。
芝居の先輩に当たる彼らは、演技経験の浅い彼の質問にも正面を向いて答えてくれるし、駄目な部分があれば指摘し、引っ張り上げてくれる、気の良い奴らばかりだし、芝居を離れた、個人的な部分でも最近は仲良くさせてもらっていた。
「大分慣れて来たか?」
屋外に面した撮影所の端。
丁度、喫茶店のセット内で台本と睨み合っていた静雄に声がかけられる。
顔を上げると、其処にはまだ寒い季節なのだが、役柄の都合上ジャージの腕を捲り上げた門田が立っていた。
彼の役どころは、主人公達のクラスの担任教師。
年恰好の割に頑固で融通の利かない、所謂【父親代わり】のポジションであるがために、学校の外で主人公達に力を貸す【兄代わり】の静雄とは何かと対立するキャラクターである。
役を離れると、子供達ともベテラン勢とも、静雄のような素人役者とも仲良くしてくれる、気の良い男なのだが、普段の立ち振る舞いからしてなんとも言えない迫力が有るように思えた。
「まだまだ、勉強する事が沢山っすよ」
そんな門田に苦笑いを返す静雄に、彼はその手の中の台本を覗き込んで軽く頷いている。
芝居の中では、静雄の演じるマスターは誰にも敬語を使わない。
強面で余り喋らず、キレると怪力を持って暴れる、社会の枠に今一つはまりきらない男だ。
勿論、芝居の外の【平和島静雄】はそんな人間ではない。
共通点と言えば余り喋らない事ぐらいで、どちらかと言えば柔和で人当たりの良い性格だと言われている。
「次の撮影でいよいよアレか?」
「そうっすね。今、法螺田さんがワイヤーの準備してもらってるんですけど」
今日はこのあと、例のシーンの撮影が控えていた。
静雄が演じる役柄の、怪力披露のシーンだ。
自動販売機を投げた後、更には絡んできたヤクザ者を放り投げると言う事で、用意しているワイヤーは、放り投げられるヤクザ役の為のものになる。
「自販機担いで投げるとか凄ぇ設定だな」
「どう投げたら重そうに見えますかねー」
真剣な顔をして芝居の相談をしているのだが、言っている言葉だけ拾うと何かがおかしい。
「先生もこのシーン居るんですよね?」
先生、と言うのは門田の役の通称だ。
学園ドラマと言う性質上、教師役は何人か居るが、その中でも彼だけは皆から「先生」と呼ばれている。
「あー・・・居るな。あと臨也も居るだろ?」
「えぇ、何か衣装変わるとかで着替えに行ってますよ」
怪力披露のシーンの流れはこうだ。
主人公である少年達を庇って、ヤクザ者と担任教師の両方に追いかけられる羽目になる、臨也演じるコートの男。
喫茶店の手前まで逃げてきた彼は、丁度店の外に出てきたマスター(静雄)に助けを求める。
ヤクザ者に絡まれたマスターは、まくし立てられる内に頭に血が上り、その場にあった自動販売機を投げ、ヤクザ者もついでに放り投げ、大暴れした後、何事も無かったかのように店に戻っていく。
ヤクザ者とのやり取りは別に収録し、今から撮影するのは自動販売機を投げ、ワイヤーの動きに合わせてヤクザ者役の法螺田を放り投げる部分だけなのだが、ワイヤーがあるとはいえ放り投げられる方は受身を取らなければならず、アクションの打ち合わせは台本が上がった段階から入念に行われてきた。
「法螺田さん大丈夫ですかね」
「本人かなり乗り気だったけどな」
普通はスタントマンに任せるだろう場面なのだが、Vシネマ出身の演技派俳優は自ら挑戦したいと監督に申し出、静雄とも何度も練習をこなし、本番前の今頃はワイヤーを背中に固定している真っ最中のはずである。
このドラマ内では彼もレギュラーで出演する為、最低10回は放り投げられる事になると監督と当の法螺田が自慢げに話していたが、出演者の中でも比較的年長組の彼の体力的にそれは大丈夫なのか、と、静雄はひっそり心配していた。
「お待たせー!」
「あ、おかえりなさ・・・」
と、アレコレと考えながら門田と並んで台本のチェックをしている間に、臨也が戻ってきたようで、顔を上げた静雄だったのだが、其処で言葉に詰まってしまう。
目の前に居たのは【コート姿の男】ではなかった。
「懐かしい衣装着てるな」
「第一話だし、記念にこの衣装なんだってさー」
隣では門田が平然としているのだが、静雄の思考回路は停止している。
「えぇと・・・」
どうコメントして良いか迷っているうちに、門田と話していた【ゴスロリ服の女装青年】は静雄の顔を覗き込んできた。
「どしたの静ちゃん?」
「それ、甘楽の衣装っすよね?」
「あ、知ってるんだ?」
「いえ、一応主題歌歌ったの俺ですから・・・」
なんとも懐かしい服だった。
メイド服のフリルを増量したようなデザインのロリータファッションに、童話の赤頭巾を髣髴とさせる、お菓子を詰め込んだバスケット。
過去、臨也が【甘楽】と言う役柄名で出演した映画での衣装である。
和製パニック映画として数年前公開されたその映画に、彼は少女の役で出演した。
静雄が今回、このドラマからのオファーを受ける縁のきっかけになった作品でもある。
当時彼が歌った主題歌シングルのジャケットは、通常版の他、出演者の写真を使用したバージョン違いが数種類存在し、その中の一枚には勿論、当時まだ十代だった臨也が【甘楽】の衣装で写っている物も有り、未だにファンの中では記憶に新しいジャケットなのだった。
「どうせならドタチンも【モンタ】の衣装で出ればいいのに」
「教師が生徒の服着てたらおかしいだろ」
「育っちゃったもんなぁドタチンは。渡草も遊馬もまだ学生でいけるのに」
「うるせぇよ」
臨也同様その映画に出演していた一人である門田は、映画では準主役の少年を当時は演じていたが、今では背もすっかり伸び、学生服は着られないほど体格も大きくなっている。
今、目の前で甘楽に変身している臨也にしても、映画当時と比べると背は随分伸びているし、顔立ちも中性的ではなく、男性的な容貌へと変化していた。
オファーを貰い、出演者との顔合わせで誰が来るとあらかじめ聞かされていた静雄は、自分の持っているサンプル写真と、実物とのギャップに正直驚いた。
成長期の少年少女が一瞬で大人になって目の前に現れたかのような錯覚を覚えたからだ。
手持ちの写真がその映画のタイアップで発売したシングル用のサンプルだった所為なのだが。
「で、走れるのかそれ?」
「大丈夫大丈夫、下これジャージだから」
「色気無ぇな」
「え、有った方がよかった?」
「冗談だ」
目の前で軽口を叩き合う二人と、記憶の中の少年少女が中々重ならない事に首をかしげていた静雄だが、ふと気付くと、臨也が自分の顔を覗き込んでいる。
「・・・何すか?」
「あのさ静ちゃん」
「はい」
映画で気丈に振舞っていた少女とは随分印象が違うが、それでもまだ美しいと形容できる顔立ちで覗き込んでくる男は、静雄の目を見据えて一言、
「この衣装、どう?」
と尋ねた。
それに対し静雄は平然と、
「可愛いっすよ」
と返答し、門田はそのやり取りを見て思わず吹き出した。
数分後、ワイヤー装着の完了した法螺田も合流し、いざ撮影と意気込んだのは良いものの、臨也と門田が何故か笑いのつぼにはまってしまい、10回NGを出したのはここだけの話。
彼らの出演する学園ドラマは、現在撮影快調である。
終
++++++++++++++++++++++++++++++
≪言い訳≫
W杯の後の燃え尽きも手伝って、書くのに一ヶ月くらい掛かったんですけど一応シリーズ物として続かせたい今日この頃。
法螺田もレギュラーなのは趣味です。撮影から離れると気の良いお兄ちゃん希望。
今現在カプとかは余り考えてないのですが今後はどうなるかなー。
2010年8月7日・辻斬りマリィ
W杯終了からこっち見事に燃え尽きておりました辻斬りです。
4年に一回確実にこうなるのですよ・・・ああ面白かった・・・。
続きにはパラレル短編一本押し込めて有ります。
非常に特殊な、芸能パロ設定ですのでご注意下さい。
後日、設定とかも出そうと思います。
++++++++++++++++++++++++++++++
Are You READY!?
TAKE1-A
「来良学園の者だが、今此処にうちの生徒が入ってこなかったか?」
空気を震わせ、良く通る低い声が、カウンターの中でコーヒーカップを磨く男の耳に届く。
顔を上げた先には、指定のデザインなのだろう、学校のロゴが入ったジャージを着た、見るからに体育教師か、ステレオタイプな生徒指導教員らしい男が凄みを利かせている。
「…いいや」
カウンターの奥の男は、上げた顔を伏せながら否定する。
その言葉に、ジャージ姿の男は器用に片眉を跳ね上げた。
「こっちに走っていったのは見たんだ。この店に逃げ込んだ可能性が高い」
言い募る教師に、バーテン服の男はため息を付き、顎で今しがた彼が入ってきた入り口の方を示す。
「…今日は定休日だ」
言外に「誰も店には入れてない」と主張する男に、教師はやや乱暴にカウンターテーブルを叩く。
「本当に来てないんだな?」
「…ああ」
短い応答に、教師はその整った顔を睨みつけるのだが、サングラスの奥の瞳は全く動揺しない。
「邪魔したな」
やがて、教師のほうが根負けし、「あいつら何処に行きやがった…」と言いながら店を出て行く。
ジャージの後姿が店の入り口であるドアをくぐり、外へと消え、10秒ほど、店内に沈黙が下りる。
「…お前ら、もう良いぞ」
ふと、バーテン服の男がポツリと呟く。
その途端、男の足元から二人、店のテーブル席の方にあったカーテンの陰から一人、学生服姿の少年達が転がり出て、更にカウンターの奥、冷蔵庫の裏からコート姿の男が這いずり出て来た。
「た、助かった…」
黒い髪を短く刈り込んだ少年がため息をつくと、残りの三人も一斉にため息をつく。
「マスター!マジでサンキュ!恩に着る!」
「あ、有難う、ございました…」
少年達が口々に礼を言う中、コート姿の男は一人だけ不満そうな顔だ。
「何で俺まで隠れなきゃなんなかったわけ?」
マスターと呼ばれた男は、サングラスの奥で目線だけ男の顔に向ける。
「店が休みのときに客が居たらおかしいだろ」
「あーそういうわけね…っていうか、隠れる場所おかしくね?何で冷蔵庫の裏なの?」
「何となくだ」
「ちょ、俺だけ扱い酷いんだけど」
コート姿の男が尚もマスターに言い募る中で、隠れていた少年達は集まって、何やら紙を広げて話を始めた。
「取り敢えず先公は撒いたな」
「此処からどうするの?」
「噂の通りなら、商店街の先から廃工場に行ける。其処が問題の場所ってわけだ」
「…俺も行かなきゃ駄目?」
髪の毛を脱色し金髪にした少年が主に話を進め、短い黒髪の少年はその話に興味津々と言った様子で頷いて、三人目、身体は大きいが大人しそうな少年が困り顔で二人の話を聞かされている。
喫茶店店内では、2種類の全く違う方向性の話が進んでいるのだが、小さな企てが成功した彼らの顔は、何処か楽しそうだった。
「はい、カット!OKです!」
TAKE1-B
長回しのシーン撮り終了の声がかかり、喫茶店店内に居た5人が一斉にため息を付く。
「良かったぁ~」
「あーマジ緊張した」
「疲れた…」
少年三人が口々に解けた緊張からの第一声を発する。
その後ろでも、長回しの台詞をずっと話し続けていた年長者二人が胸を撫で下ろしている。
ドラマの撮影と言うのは通常、同じセットの中でもシーンごとに切り貼りして、その都度撮影するものなのだが、このシーンは一つのセットの中での緊張感ある長回しを撮影したい、と製作者が希望した為、生徒役の三人が逃げ込んできてから教師の闖入、マスターとのやり取りからその後の顛末までの長いシーンを一気に撮影する流れを組んで撮影に臨んだのだ。
「静ちゃんお疲れ」
自分の方が疲れてるような顔をして、折原臨也はカウンターの向こう側でまだカップを磨いている男にねぎらいの言葉を投げる。
「…こ」
静ちゃん、こと平和島静雄は、ため息のあと長く沈黙してから一言、
「怖ぇな、長回し…」
と、今更のように呟く。
途端に、カメラの手前の役者達と、奥に居るスタッフ達、ついでに、先程まで彼と睨み合っていた教師役の門田までもが爆笑した。
平和島静雄の本業は俳優ではない。
本来は所謂シンガーソングライターと言う奴で、自分で曲を作り、詞を書き、歌うのが本分である。
そんな彼は、今ドラマの撮影に参加している。
全国区の、所謂ゴールデン枠で放送される学園ドラマと言う事で、メインの出演者は先程彼が演じる【喫茶店のマスター】がかくまっていた少年達。
静雄はあくまで主演を支える脇役の一人なのだが、主人公達がたまり場にする喫茶店のマスター役なので、最終回まで必ず毎回出番があるらしい。
殆ど台詞は無いとの事で今回の仕事も請け負ったわけなのだが、スタッフの発案で時折今のような長回しや、喫茶店の外に出て、動きのある演技なども要求される。
普段芝居など、曲につけるPVの為の小芝居程度しかした事のない静雄にとって、今回の仕事は挑戦の連続で、毎日緊張感に溢れていた。
このドラマで彼にあてがわれた役柄は、物静かで一見強面だが、陰ながら少年達の成長を見守る大人代表と言う役柄。
普段から余り喋るのは得意ではないが、強面と言うのは自分の性格からは大分かけ離れている。
しかもこの喫茶店のマスター、実は超人的な怪力の持ち主とかいう、訳のわからない設定がくっついているため、外に出ているシーンでは漏れなくアクションが付いてきた。
喫茶店で働く男に怪力なんて設定は必要だろうか?
断っておくが、静雄は別にそんな超人的な能力は持っていない。
身体能力的には(普段からある程度鍛えているので運動には自信があるが)ごくごく普通の成人男子と変わらないレベルである。
最初に台本を読んだ時は正直首を傾げたが、特撮アクションも込みの撮影も新たなる事への挑戦と思えば楽しかった。
撮影に臨むに当たり知り合った面々とも仲良くやれている。
芝居の先輩に当たる彼らは、演技経験の浅い彼の質問にも正面を向いて答えてくれるし、駄目な部分があれば指摘し、引っ張り上げてくれる、気の良い奴らばかりだし、芝居を離れた、個人的な部分でも最近は仲良くさせてもらっていた。
「大分慣れて来たか?」
屋外に面した撮影所の端。
丁度、喫茶店のセット内で台本と睨み合っていた静雄に声がかけられる。
顔を上げると、其処にはまだ寒い季節なのだが、役柄の都合上ジャージの腕を捲り上げた門田が立っていた。
彼の役どころは、主人公達のクラスの担任教師。
年恰好の割に頑固で融通の利かない、所謂【父親代わり】のポジションであるがために、学校の外で主人公達に力を貸す【兄代わり】の静雄とは何かと対立するキャラクターである。
役を離れると、子供達ともベテラン勢とも、静雄のような素人役者とも仲良くしてくれる、気の良い男なのだが、普段の立ち振る舞いからしてなんとも言えない迫力が有るように思えた。
「まだまだ、勉強する事が沢山っすよ」
そんな門田に苦笑いを返す静雄に、彼はその手の中の台本を覗き込んで軽く頷いている。
芝居の中では、静雄の演じるマスターは誰にも敬語を使わない。
強面で余り喋らず、キレると怪力を持って暴れる、社会の枠に今一つはまりきらない男だ。
勿論、芝居の外の【平和島静雄】はそんな人間ではない。
共通点と言えば余り喋らない事ぐらいで、どちらかと言えば柔和で人当たりの良い性格だと言われている。
「次の撮影でいよいよアレか?」
「そうっすね。今、法螺田さんがワイヤーの準備してもらってるんですけど」
今日はこのあと、例のシーンの撮影が控えていた。
静雄が演じる役柄の、怪力披露のシーンだ。
自動販売機を投げた後、更には絡んできたヤクザ者を放り投げると言う事で、用意しているワイヤーは、放り投げられるヤクザ役の為のものになる。
「自販機担いで投げるとか凄ぇ設定だな」
「どう投げたら重そうに見えますかねー」
真剣な顔をして芝居の相談をしているのだが、言っている言葉だけ拾うと何かがおかしい。
「先生もこのシーン居るんですよね?」
先生、と言うのは門田の役の通称だ。
学園ドラマと言う性質上、教師役は何人か居るが、その中でも彼だけは皆から「先生」と呼ばれている。
「あー・・・居るな。あと臨也も居るだろ?」
「えぇ、何か衣装変わるとかで着替えに行ってますよ」
怪力披露のシーンの流れはこうだ。
主人公である少年達を庇って、ヤクザ者と担任教師の両方に追いかけられる羽目になる、臨也演じるコートの男。
喫茶店の手前まで逃げてきた彼は、丁度店の外に出てきたマスター(静雄)に助けを求める。
ヤクザ者に絡まれたマスターは、まくし立てられる内に頭に血が上り、その場にあった自動販売機を投げ、ヤクザ者もついでに放り投げ、大暴れした後、何事も無かったかのように店に戻っていく。
ヤクザ者とのやり取りは別に収録し、今から撮影するのは自動販売機を投げ、ワイヤーの動きに合わせてヤクザ者役の法螺田を放り投げる部分だけなのだが、ワイヤーがあるとはいえ放り投げられる方は受身を取らなければならず、アクションの打ち合わせは台本が上がった段階から入念に行われてきた。
「法螺田さん大丈夫ですかね」
「本人かなり乗り気だったけどな」
普通はスタントマンに任せるだろう場面なのだが、Vシネマ出身の演技派俳優は自ら挑戦したいと監督に申し出、静雄とも何度も練習をこなし、本番前の今頃はワイヤーを背中に固定している真っ最中のはずである。
このドラマ内では彼もレギュラーで出演する為、最低10回は放り投げられる事になると監督と当の法螺田が自慢げに話していたが、出演者の中でも比較的年長組の彼の体力的にそれは大丈夫なのか、と、静雄はひっそり心配していた。
「お待たせー!」
「あ、おかえりなさ・・・」
と、アレコレと考えながら門田と並んで台本のチェックをしている間に、臨也が戻ってきたようで、顔を上げた静雄だったのだが、其処で言葉に詰まってしまう。
目の前に居たのは【コート姿の男】ではなかった。
「懐かしい衣装着てるな」
「第一話だし、記念にこの衣装なんだってさー」
隣では門田が平然としているのだが、静雄の思考回路は停止している。
「えぇと・・・」
どうコメントして良いか迷っているうちに、門田と話していた【ゴスロリ服の女装青年】は静雄の顔を覗き込んできた。
「どしたの静ちゃん?」
「それ、甘楽の衣装っすよね?」
「あ、知ってるんだ?」
「いえ、一応主題歌歌ったの俺ですから・・・」
なんとも懐かしい服だった。
メイド服のフリルを増量したようなデザインのロリータファッションに、童話の赤頭巾を髣髴とさせる、お菓子を詰め込んだバスケット。
過去、臨也が【甘楽】と言う役柄名で出演した映画での衣装である。
和製パニック映画として数年前公開されたその映画に、彼は少女の役で出演した。
静雄が今回、このドラマからのオファーを受ける縁のきっかけになった作品でもある。
当時彼が歌った主題歌シングルのジャケットは、通常版の他、出演者の写真を使用したバージョン違いが数種類存在し、その中の一枚には勿論、当時まだ十代だった臨也が【甘楽】の衣装で写っている物も有り、未だにファンの中では記憶に新しいジャケットなのだった。
「どうせならドタチンも【モンタ】の衣装で出ればいいのに」
「教師が生徒の服着てたらおかしいだろ」
「育っちゃったもんなぁドタチンは。渡草も遊馬もまだ学生でいけるのに」
「うるせぇよ」
臨也同様その映画に出演していた一人である門田は、映画では準主役の少年を当時は演じていたが、今では背もすっかり伸び、学生服は着られないほど体格も大きくなっている。
今、目の前で甘楽に変身している臨也にしても、映画当時と比べると背は随分伸びているし、顔立ちも中性的ではなく、男性的な容貌へと変化していた。
オファーを貰い、出演者との顔合わせで誰が来るとあらかじめ聞かされていた静雄は、自分の持っているサンプル写真と、実物とのギャップに正直驚いた。
成長期の少年少女が一瞬で大人になって目の前に現れたかのような錯覚を覚えたからだ。
手持ちの写真がその映画のタイアップで発売したシングル用のサンプルだった所為なのだが。
「で、走れるのかそれ?」
「大丈夫大丈夫、下これジャージだから」
「色気無ぇな」
「え、有った方がよかった?」
「冗談だ」
目の前で軽口を叩き合う二人と、記憶の中の少年少女が中々重ならない事に首をかしげていた静雄だが、ふと気付くと、臨也が自分の顔を覗き込んでいる。
「・・・何すか?」
「あのさ静ちゃん」
「はい」
映画で気丈に振舞っていた少女とは随分印象が違うが、それでもまだ美しいと形容できる顔立ちで覗き込んでくる男は、静雄の目を見据えて一言、
「この衣装、どう?」
と尋ねた。
それに対し静雄は平然と、
「可愛いっすよ」
と返答し、門田はそのやり取りを見て思わず吹き出した。
数分後、ワイヤー装着の完了した法螺田も合流し、いざ撮影と意気込んだのは良いものの、臨也と門田が何故か笑いのつぼにはまってしまい、10回NGを出したのはここだけの話。
彼らの出演する学園ドラマは、現在撮影快調である。
終
++++++++++++++++++++++++++++++
≪言い訳≫
W杯の後の燃え尽きも手伝って、書くのに一ヶ月くらい掛かったんですけど一応シリーズ物として続かせたい今日この頃。
法螺田もレギュラーなのは趣味です。撮影から離れると気の良いお兄ちゃん希望。
今現在カプとかは余り考えてないのですが今後はどうなるかなー。
2010年8月7日・辻斬りマリィ
スポンサーサイト